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二全総は都市問題に対処するため「都市空間の創出が急務」だとしていた。
都市のやみくもな開発と高層化をすでに予告していた。
この目的を実現するための道具として、都市計画法が全面的に改定され新法として制定(一九六八年六月)され、つづいて都市再開発法が制定(一九六九年六月)され、建築基準法が大幅に改正(一九七○年)された。
ここに、都市に関する三種の神器がそろったのである。
都市計画法では、都市計画区域を設け、開発をすすめる市街化区域と、開発を抑制する市街化調整区域に二分し、都市が周辺に際限なくひろがるスプロール化を防ぐ手だてをこうじた。
市街化調整区域内の開発はなしくずし的に認められて、スプロール化に歯止めはかからなかった。
住宅と商店、あるいは住宅と工場などの混在をさけるため、それまでの四種類の用途地域を八種類にふやした。
欧米の二十’三十、あるいはそれ以上という詳細さに比較すると甘すぎることは、その後の情勢が証明した。
形だけの輸入英国の開発許可制度をお手本にして、同様の制度を導入したのも目新しかった。
だが、英国では自治体が開発の適否にかんして広い裁量権をもち、建築行為も許可制にして乱開発をふせぐ工夫をしているが、日本では自治体の裁量が極端にせまく、建築行為を規制する権限がない。
律形は輸入されたが、実をともなっていなかった。
前に「国家高権論」としてみたよう砿に、都市計画の策定権限は形のうえでは都道府県知事や市町村に配分されたが、最終的な決定孔権と財源は国に主導権を握られたままだった。
鮒政府が、近代的な都市対策を打ち出したといっても、規制はできるだけ緩くするという不徹市底なもので、都市の乱開発を助長さえすることになった。
新都市計画法とセットに都っておこなわれた建築基準法の大幅改定で明らかになる。
それまでの住居地域では二十メート億ル、その他の地域では三十一メートルまでというように建築物に高さ規制があったのをやめ、原則として容積率による規制に切りかえた。
ところが、この容積率が、たとえばドイツの建築利用基準に比べると四’五倍も高く、高層建築を認め、奨励する結果になっているのだ。
階数の制限がないので、建築の形態が乱雑になり、高容積のビルが乱立する今日の事態はここに引き金があったといえる。
本来なら、厳しい規制をかけて秩序ある都市の発展を実現すべき新たな都市計画法と建築基準法が、野放図な建築の自由を前面に押し出したのは皮肉であり、その後の事態を考えると日本の国民にとって悲劇だった。
建築の自由をさらにあからさまに打ち出したのが都市再開発法である。
都市再開発法都市計画法は、いくら甘いにしても、用途地域を指定し、建物の高さや容積率を規制した。
都市再開発法はこうした規制をさらに緩和する制度である。
もともと寛大な日本の容積率と高度制限をさらに緩和し、公的補助金をつぎ込み、個人商店や町屋をおしつぶして巨大ビルを建てるという手法が確立した。
新都市計画法と都市再開発法が誕生したのは二全総の時代だが、都市をビジネスの場所と明確に認識していた田中角栄の「日本列島改造論」の時代と重なっていたことを想起したい。
都市再開発法のもとで、まず全国の駅周辺の開発事業計画が爆発した。
今日でも続いている。
低層の駅舎の高層と連動して、周辺の民家もとりつぶして商業ビル地域にするというパターンである。
駅前が全国どこでも、同じ顔になった裏には都市再開発法の存在が大きい。
都市再開発といいながら、駅周辺に集中したのは駅舎の改築で中心的なビルを建てるというお手軽さが最大の理由だった。
後にみるように、建設省はその後も、規制をこえる大幅緩和の手法を次々に生み出していくのだ。
三全総は、少なくともスローガンのうえでは二全総の反省にたっていた。
都市計画の面でも、二全総時代の「建築の自由」、言葉をかえれば、利益優先の乱開発を許す制度だけでなく、これに歯止めをかける新しい仕組みも導入された。
都市計画法が一九八○年に改正され、「地区計画」の制度が新たに組み込まれた。
これまでは、都市計画法による用途地域などによる大まかな土地利用の指定と建築基準法にもとづく敷地ごとの規制しかなかった。
この大小の規制のあいだで抜け落ちる一定の面積をもった地域の土地利用を決めるのが地区計画で、ドイツでは都市計画の中核となっている考え方である。
都市計画法と建築基準法は、市民も市町村も建設省の一元的な方針に従うという中央集権の色彩が濃いが、地区計画は住民の発議で市町村が支援してまとめる、住民主導のかたちをとる画期的な仕組みである。
これまでの開発優先の犠牲にされてきた快適な住環境の確保、町並みの美しさの確保、向上といった市民の要求にこたえるものでもある。
具体的な例として、東京都大田区の東急東横線・目蒲線の田園調布駅の西側に位置する田園調布一’四町目の一部からなる四七・二ヘクタールの地域の地区計画をとりあげてみよう。
地価の高騰による巨額の相続税の重圧、土地を買いあさる不動産業者の暗躍などで、大正時代からの高級住宅街もまちつぶしの危険が現実のものになっていた。
このため、地元の市民たちが「まちづくり協議会」を組織し、大田区役所が事務局となって「大田区田園調布地区計画」をつくりあげた。
一九九一年八月に施行されたこの「地区計画」は、住宅地区で敷地を分割して狭い住宅やワンルーム・マンションが建つミニ開発を防ぐために建築物の敷地の最低限度を百六十五平方メートルとし、戸の床面積が三十七平方メートル以下の共同住宅(マンション、アパート)と長屋、寄宿舎または下宿、公衆浴場、住宅を兼ねない診療所の建築を禁止している。
また、駅前地区では、戸の床面積が三十七平方メートル未満の共同住宅、ホテルまたは旅館、マージャン屋、パチンコ屋、射的場およびこれに類するものの建築を禁止している。
また、隣接する敷地から建物は最低一・五メートル以上離し隣家の日照を確保し、建築物の色も環境に調和した落ち着いたものにし、周囲は生け垣か透視可能な柵とし、道路に面した部分は草木を植えることになっている。
この地域にとって幸運だったのは、町を守る住民の意識が高く、住宅地域はすべて第一種住居専用地域で、建物の高さが十メートル、建蔽率と容積率の組み合わせは四○%/八○%、六○%/一五○%の二種類に抑えられていることだ。
さらに、駅前地区の一部を除けば地区計画地域が風致地区に指定され、そこは建蔽率が四○%と二重の規制がかかっている。
この地区計画は全国紙やテレビでもとりあげられて、「金持ちの身勝手協定」などというコメントもきかれた。
地区計画すら自治体主導の商業地再開発など開発の手段に使われている現状からみれば、この制度が、住民が乱開発からみずからの住環境を守り、向上させてゆく武器になることを示した意義は大きい。
実際、地、とくに関西地方では、この地区計画を活用して利益至上主義の民間開発業者の中高層ビルの乱入を防いで、町並みの統一をはかる市民がふえている。
商店街の改造など、役所主導の地区計画も目立っている。
この制度を本当に生かすのは住民の力にかかっている。
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